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センザイエモーション

                                  -Lurk emotion-

 

music : 野球豚

words : 鹿目ゆい

   tone  : ゆきみず

   movie : 花乃軍

  vocal :miki

【解説】

らしくもなく、恋をした。だが私はそれをひた隠しにした。
「もしかしたら」が頭をよぎって。

屋上に隕石が落ちたらしい。緑色に輝く月に似たそれは、なんだか神々しく見えた。平伏すれば願い事のひとつでも聞いてくれそうだ。
そこまで考えて最近よく感じることを思い出す。人間というのは実にわかりにくい。上っ面の言葉、本心を隠すように引き上げられた口元、つるんでたって何を考えているかわかりゃしない。
今もそう、隣にいるこの子が、柵に背を預ける私の両足首を掴みひっくり返せば私はまっさかさまだ。
私は少し妄想癖がある。目の前の現実より、「もしかしたら」ということにとらわれる。
それもこれも皆がわかりにくいのが悪い。建前も御託も並べないで、もう2・3言しかしゃべらなくなればいいんじゃないかしら?
「良い」「悪い」「好き」「嫌い」「神」「糞」
そんな単純な世界なら、私のこの隠した気持ちも少しは楽に伝えられるかもしれない。
隕石にカメラを向けるのに飽きたクラスメイトたちがぞろぞろと帰っていく中、私はそんなことを思っていた。

翌日、世界はとても私好みに変わっていた。
クラスメイトたちの首から上は何もない。いつも嘘ばかりのせる顔のかわりに、喜怒哀楽の4つしか示さぬお面のようなものがぷかぷか浮いていた。話す言葉も昨日挙げたような2・3言ばかりだ。
それはストレートで、単純で、とてもとてもわかりやすい。私は上機嫌になった。
もう「もしかしたら」なんて疑ることもない。そんな世界に背中を押され、私は彼を探した。見慣れたパーカーはすぐに見つかった。緊張に手汗をかきながら、屋上まで呼び出す。その行動は今までの私では考えられないくらい衝動的で感情的。
お面に変わった彼の顔を見て私は想いを告げた。ずっと隠してたぶん、それだけでなんだか肩が軽くなった。そしてすぐ、はじめて良い意味の「もしかしたら」が頭に浮かぶ。
「もしかしたら同じ気持ちだと言ってくれるかもしれない」
そんなわきあがる期待の中、彼の口から放たれた二文字に、私は彼の体を押していた。

私の妄想癖はひどくなった。「もしかしたら」を通り過ぎ、ひどく断定的な空想に支配される。
私は人と関わるのをやめた。半ば強制的にやめてしまった。
だって言われそうなのだ。
「ブスとけなされフラれた女」
「ゆえの人殺し」
「クレイジー(笑)」
皆知っているのだろうか、私があの人を突き落してしまったことを。
こわいこわい!彼らは建前を知らない。思うがままの罵言雑言を吐くだろう。思うがままに私を非難するだろう。
世界は一気に居心地が悪くなった。そんな中話しかけてきたのは、よく彼とつるんでいた星柄のシャツの男子だった。

屋上はあの時を思い出すからあまり行きたくない。だが、一番人気が少ないのが屋上であるため、私はよくそこでうずくまっていた。
星柄シャツの彼は、よくそんな私を見つけては、ただ黙って頭を撫でてくれた。私が嫌がっても、ずっと隣にいてくれた。
最初は気味が悪かった。何故そんなことをするのか、仲の良かった友達を殺され、恨んでいるのではないのか。晴れない霧がもやもやと頭を支配するのに反し、私の心は少しずつ温かくなっていた。

 

いつしか恋人のように手を繋いで歩くようになった。いつでもふたりでいるようになった。だが彼は一言をしゃべらない。お面はいつも「喜」を示していた。
ふと、彼の本当の表情が見たくなった。彼といっぱい話したくなった。
はにかんだ顔、戸惑った顔。彼から生まれる表情がすべて見たい。見せてほしい。
勝手なことに私は前の世界が恋しくなっていた。あんなにわずらわしかった世界へ帰りたい。屋上で大きな影を作る隕石を見ていると、私はその答えを知っている気がした。

突然頭の中に嫌な想像が浮かんだ。久しぶりの「もしかしたら」。
星柄シャツの彼が、何故いつも私といてくれるのか、をぼんやり考えていた時だった。
彼は私を殺そうとしているのではないか。
だっておかしいじゃないか。大事な友達を奪った奴とずっと一緒にいるなんて。
そうか、私の隙を狙っているのだ。優しい行動は全て油断させるためのものなのだ!
そう思うと全て合点がいった。私は彼を試すことにした。

いつかのように屋上の柵に背を預ける。両足は前へ突き出した。
いきなりそんなポーズをとる私を彼は少し戸惑ったように見ている。
これなら簡単に、私をここから落とせるでしょう。絶好の隙よ?なにもしないの?
私は黙って彼を強く睨んだ。
彼はふと「哀」の表情を見せたあと、すぐに私の体を抱きしめた。頬を拭われる。私は泣いていたのだ。
隕石が不意に光を放つ。私たちも緑色の光に包まれた。「帰ろうか」と彼が小さく囁く。私は返事の代わりに力強く彼を抱きしめた。

待っていたのは、複雑でわかりにくい世界と、彼の照れたようなやさしい笑顔。

‐‐‐‐‐‐

星柄のシャツがはたはたと風にたなびく。「喜」の表情で彼が見下ろす先には、校庭に血まみれで倒れるひとりの少女。
少年は腹を抱えて笑った。
 

(―――ほんとうはどっち?)

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